健康経営・職場改善

労働者の自己保健義務とは?安全配慮義務との違いや判例も紹介

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更新日:2023.07.18

普段から安全配慮義務について考え、安心・安全な職場環境を作っている企業でも、労働者自身に健康管理について正しい理解を得てもらう必要があります。

この記事では、労働者の努力義務である自己保健義務の根拠となる法律や内容、判例を解説します。安全配慮義務との違いについて気になる方は参考にしてみてください。

自己保健義務とは?

自己保健義務とは、労働者が自分の健康管理に努め、安全に働けるように行動する義務です。あくまで労働者に義務付けられるもので、管理者の義務ではありません。

たとえば、職場で労働者が安全に業務を遂行できるように取り計らうのは管理者の義務ですが、働くための健康維持は自己保健義務で労働者自身が管理します。

では、自己保健義務とはどのような法律を根拠にしているのでしょうか。まずは、自己保健義務の根拠となる法律自己安全義務との違い、罰則について解説します。

根拠となる法律

自己保健義務の根拠となる法律は、主に以下の3つが挙げられます。

  • 労働安全衛生法第69条2項
  • 労働者は、前項の事業者が講ずる措置を利用して、その健康の保持増進に努めるものとする。」

自己保健義務の根拠として一番に挙げられるのが、労働安全衛生法第69条2項です。この法律では、労働者自身が健康を保持増進することに努めるよう書かれています。

  • 労働安全衛生法第66条5項
  • 労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」

労働安全衛生法第66条第5項では、労働者は事業者が実施する健康診断を受けなければいけない旨が記載されています。事業所が指定する医師や歯科医師の健康診断を受けない場合も、医療機関で健康診断を受けなくてはなりません。

  • 労働安全衛生法第66条の7第2項
  • 労働者は、前条の規定により通知された健康診断の結果及び前項の規定による保健指導を利用して、その健康の保持に努めるものとする。」

第66条の7第2項では、事業者により実施される健康診断を受け、その結果に関して保健指導を利用する努力義務について記載されています。

以上3つの法律により、労働者は自らの健康保持や増進に努め、事業者の実施する健康診断を受けなくてはなりません。さらに、健康診断の結果、必要なら保健指導を利用して、健康維持に努める必要があります。

“出典:e-Gov法令検索労働安全衛生法」”

自己安全義務との違い

自己保健義務と似た義務に、自己安全義務があります。自己安全義務とは、労働者が労働する際に安全を確保するため、注意を払う義務のことです。

自己安全義務は、あくまで労働中の安全義務であり、プライベートも含めた健康管理については義務付けていません。

守らなかった場合の罰則

自己保健義務を守らなかった場合、法的な罰則はありません。あくまで義務であり、労働者が自らの健康維持に努めず病気になってしまっても、労働者も事業者も刑罰は科されないものです。

ただし、後半で紹介するとおり、自己保健義務を守らなかったことで事業者の安全配慮義務が認められず、損害賠償金額が減額された判例もあります。

自己保健義務の具体的な内容

自己保健義務には、以下の義務があるとされています。

  • ・健康診断の受診義務
  • ・自覚症状の申告義務
  • ・私生活上の健康管理義務
  • ・健康管理措置への協力義務
  • ・療養専念義務

それぞれについて、詳しくみていきましょう。

健康診断の受診義務

前述のとおり、自己保健義務の根拠となる労働安全衛生法第66条5項には、健康診断を受けなければいけないと書かれています。

事業者の指定した医師または歯科医師の健康診断か、それに相当する他の医療機関の健康診断を受けなければなりません。

自覚症状の申告義務

労働者は健康維持のため、「頭が痛い」「お腹が痛い」といった自覚症状があるときは、事業者に申告する義務があります。自覚症状を抱えたまま労働を続けると、悪化の恐れがあるためです。

私生活上の健康管理義務

労働者は労働環境下だけでなく、私生活でも健康管理して健康維持・増進する義務があります。私生活から病気を発症する可能性もあるため、労働に影響しないよう健康管理に努めなくてはなりません。

健康管理措置への協力義務

事業者が用意したカウンセリングや体温記録といった健康管理措置に対し、労働者には協力義務があります。健康維持・増進のために用意された健康管理措置に従わず、健康維持ができなくなることを防ぐためです。

療養専念義務

万が一、病気になった場合、労働者には療養に専念する義務があります。無理に労働することで、病気が悪化するのを防ぐためと考えられます。

自己保健義務と安全配慮義務の違い

自己保健義務と似た義務には、安全配慮義務もあります。

安全配慮義務は労働契約法第5条に定められており、「事業者は労働者の生命・身体の安全を確保しながら労働できるよう必要な配慮をする」という義務です。

つまり事業者の義務であり、自己保健義務のように労働者自らが配慮する義務ではありません。

安全配慮義務が認められなかった判例

繰り返しになりますが、安全配慮義務があるので、事業者は労働者の安全に配慮して雇うことが必要です。そのため、労働中の病気やケガは事業者の責任となります。

しかし、自己保健義務があることで、安全配慮義務が認められなかった判例もあります。

健康管理義務を怠ったとして損害賠償金額が50%減額された判例

  • 判例「コンピューターソフト会社に勤めるAさんは長期間の残業が常態化する業務に従事していた。そのような状況の中、もともと患っていた高血圧が悪化し、脳出血疾患によって亡くなった。Aさんの遺族は会社に対し、安全配慮義務違反として損害賠償を請求した。」
  • 判決「Aさんは自身が高血圧を患っており、勤務先で受けた健康診断で精密検査が必要とされていたにもかかわらず、それを放置。自己保健義務を怠っていたとして、裁判所は損害賠償金額を50%減額しました。」

健康診断の受診義務を怠ったとして損害賠償請求が棄却された判例

  • 判例「課長補佐であったBさんは、従事する業務が激務だったことや精神的疲労が重なっていたことにより、心疾患を起こして亡くなった。Bさんの遺族は、会社が労働安全義務を怠ったとして、損害賠償を請求した。」
  • 判決「この判例では、会社はBさんのしに予見可能性はなかったとして、損害賠償請求を棄却しています。会社は必要以上に無理やりBさんに健康診断を受けさせる義務はなく、Bさんの健康維持はBさん本人で実行されるべきだったと、自己保健義務が果たされていなかったと判断しました。」

自己保健義務の意識を高めるためにできること

自己保健義務は、労働者が自分の健康維持に努める義務です。とはいえ、事業者側は労働者に対し、自己保健義務の意識を高めさせる必要があります。

事業者と労働者が協力し合うことで、不幸な事例を減らしていくことができるでしょう。

自己保健義務の周知

まずは、労働者に自己保健義務を周知することが先決です。労働者の義務だということを知らないケースもあるため、自己保健義務についてポスターやチラシとして労働者に提示していく必要があるでしょう。根拠となる法律、実際の判例などをポスターとして提示し、従業員へ周知することが重要です。

就業規則の整備

自己保健義務の周知だけでは、労働者はなかなか実行してくれません。そのため、就業規則に自己の健康に関する項目を盛り込んでおくのもよいでしょう。

就業規則に載せておけば、研修や教育の際にも役立ちます。

従業員への教育

自己保健義務をより身近に感じてもらうため、研修でも取り扱うようにしましょう。健康診断を受けるところから、医師や歯科医師の指導を受けた場合のフロー、要検査項目があった場合のフローなどを作成しておくと便利です。

研修ではフローを使いながら流れを反復し、実際に健康診断で問題があった場合に対応できるように労働者に指導します。

まとめ

この記事では、自己保健義務とはどのような義務か、具体的な内容や判例、労働者への教育方法などを解説しました。

自己保健義務は、労働者の健康を保持・増進するための努力義務です。違反しても法的罰則はありませんが、万が一が起こったときに安全配慮義務との兼ね合いで裁判になるケースもあります。

労働者だけの問題と捉えず、事業者としても自己保健義務の認知度を高め、職場の環境整備に努めましょう。

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鈴木 健太
監修者
鈴木 健太
医師/産業医

2016年筑波大学医学部卒業。
在学中にKinesiology, Arizona State University留学。
国立国際医療研究センターでの勤務と同時に、産業医として多くの企業を担当。
2019年、産業医サービスを事業展開する「株式会社Dr.健康経営」を設立、取締役。

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