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時季変更権とは?行使できる条件やよくあるトラブルと注意点を解説
2019年4月に労働基準法の改正が行われ、使用者は労働者に時期を指定し、毎年最低でも5日間の有給休暇を取得させなければならないことが義務付けられました。義務が果たせない場合は、罰則も課せられるため注意が必要です。
しかし、従業員の有給休暇の申請と企業の繁忙期が重なってしまった場合などはどうすればいいのでしょうか。そんな時に理解しておきたい権利が時季変更権です。
この記事では、時季変更権について詳しく解説します。また、企業に義務化された時季指定義務についても解説するのでぜひ参考にしてください。
目次
時季指定義務と時季変更権とは?
年次有給休暇の取得に関する使用者の義務や権利として、時季指定義務と時季変更権があります。まずは、それぞれの内容や行使できる状況などについて解説します。
時季指定義務
時季指定義務は、2019年4月1日からすべての企業において定められた義務で、使用者(企業側)が時季を指定して労働者に年次有給休暇を付与することです。年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、そのうちの5日については、労働者の意見を尊重し時季を指定して取得させる必要があります。
なお、すでに年次有給休暇を5日分取得している労働者に対しては、時季を指定する必要はありません。
基本的に時季指定以外の年次有給休暇は、労働者が請求する時季に与える必要があります。しかし、職場に迷惑がかかることなどを理由に有給取得率の低下が続いており問題になっています。そのような背景により、労働基準法の改正が行われ、時季指定義務が設けられました。
出典:厚生労働省.年次有給休暇の時季指定義務
https://www.mhlw.go.jp/content/000350327.pdf
(参照:2021-12-15)
時季変更権
時季変更権とは、労働基準法第39条5項で定められた法律で、従業員が申請した年次有給休暇を事業者が変更するよう求められる権利のことです。
特定の日に労働者が有給休暇を申請すると事業の正常な運営を妨げるケースがあります。そこで、時季変更権によって「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」とされています。
事業の正常な運営を妨げるケースとは具体的にどのような状況なのでしょうか。次で詳しく解説します。
時季変更権「事業の正常な運営を妨げる場合」とは
時季変更権で定められている事業の正常な運営を妨げる場合について、過去の事例や判例等によると例えば下記のような状況です。
・複数の労働者が同じ時季に年次有給休暇を申請した
・専門的なスキルを持った人材など、代替人員の確保が難しい労働者が繁忙期に長期間の年次有給休暇を申請した
労働基準法では、労働者が指定した時季に有給休暇を取得することが義務付けられているため、単純な人手不足などを理由に適用は認められません。
あくまでも、労働者が希望する時季に有給休暇を取得できるように企業側の努力が必要です。時季変更権を行使する際は慎重に検討する必要があります。
時季変更権を行使できる条件と行使できないケース
上述のように、有給休暇の時季変更権は使用者に認められた権利です。しかし、使用者の権利である時季変更権よりも、労働者の有給休暇取得の権利の効力が強いとされています。企業側は、使用者として時季変更権を行使できるのか、行使できないのかを理解しておく必要があります。
ここでは、使用者が時季変更権を行使できる条件と行使できない条件について解説します。
時期変更権を行使できる条件
使用者が時季変更権を行使できる条件は、労働者の年次有給休暇取得において事業の正当な運営を妨げる場合です。時季変更権の行使に該当するか判断する要素としては以下のものがあります。
・事業所の規模、事業内容
・年次有給休暇を申請した労働者の職務内容、職務の性質
・職務の繁閑(いわゆる繁忙期にあたるかどうか)
・これまでの労働慣行
・代替の人員がすみやかに確保できるかどうか
・同じ時季に年次有給休暇を指定した労働者の数
例えば従業員数10人程度の中小企業で、年次有給休暇を申請した労働者が「事務職」であったとします。決算期で多くの資料を作成しなければならない繁忙期で、「明日から20日の休暇をもらいます」と労働者が言い、なおかつ代替の人員確保が難しい状況を想定してみましょう。
加えて、すでに同じ部署の労働者が何人も年次有給休暇を指定しているのであれば、事業の継続に影響が出るのは言うまでもありません。
このような状況であれば、「事業の正当な運営を妨げる場合」として認められる可能性があります。
時季変更権が行使できないケース
以下のいずれかに当てはまる場合は、時季変更権を行使できません。
・年次有給休暇が時効により消滅してしまう
・従業員の退職や解雇予定日までの期間を上回る有給休暇がある
・事業廃止や倒産などの事情により、年次有給休暇を取得し切らなければならない
・産休や育休の期間と重なる
以上に当てはまる場合は、たとえ「事業の正常な運営を妨げる場合」であっても時季変更権は行使できません。
また、労働基準法115条により、労働者が有する有給休暇の請求権には時効があります。年次有給休暇が付与されて2年間が経過した場合は時効によって消滅するため、労働者が保有できる有給休暇日数は2年分が限度です。
時期変更の拒否に関するよくあるトラブル
時季変更権の行使は、いわば会社の都合によるものであり、労働者にとっては納得できない部分も多いでしょう。その性質ゆえ、時季変更をめぐるトラブルはよく起こります。ここでは、よくあるトラブルを2つのトピックに分けて解説します。
賃金に関するトラブル
時季変更権で起こりがちなのが、賃金に関するトラブルです。例えば、会社が時季変更権を行使しても、労働者がそれに応じない場合があります。会社は「年次有給休暇」として認めないため、もし労働者が休めば欠勤扱いとするケースも。このような場合にトラブルが発生しやすくなります。
欠勤扱いとして処理される場合は、賃金の欠勤控除が行われます。当然年次有給休暇扱いではないため、給料が発生しないことになります。給料が発生しないことが「不当である」として労働者が不満を抱え、場合によっては大きなトラブルに発展するでしょう。
労働者の取る行動としては、労働基準監督署への相談です。ただし労働基準監督署には法的拘束力がないため、強い力を持って問題を解決できません。労働者が法的拘束力のある解決を求める場合、裁判に発展する可能性もあります。
懲戒処分によるトラブル
使用者(企業側)が時季変更権を行使したのにもかかわらず、労働者がそれを拒んだ場合、懲戒処分にすることでトラブルに発展するケースもあります
時季変更権を拒んだ労働者を「無断欠勤」扱いにし、懲戒処分を下すケースなどです。もちろん労働者は「年次有給休暇は労働者の権利だ」と考えているため、懲戒処分と言われて納得するはずがありません。
労働者は「懲戒処分は不当である」として、訴訟を起こす可能性があります。懲戒処分の裁判は就業規則や雇用契約書、さまざまな要素で判断されます。懲戒処分のプロセスも確認されるため、労働者の言い分を聞かず一方的に処分を下せば、不当と判断される可能性もあるため注意しましょう。
時季変更権の行使における注意点
時季変更権の行使は労働者に大きな影響を与えます。そのため、権利を濫用すると罰則を受ける場合もあります。時季変更権は就業規則に明記しておくことが重要です。ここでは時季変更権に関する注意点を解説します。
時季変更権の悪用は罰則を受ける可能性がある
時季変更権は事業の正常な継続のために必要ですが、濫用したり悪用したりすると罰則を受ける可能性があります。例えば単に「業務が忙しく人手が足りない」という理由で時季変更権を行使すれば、場合によっては権利の濫用に当てはまります。
労働基準法第39条や、労働基準法第119条では、年次有給休暇とその罰則が定められています。時季変更権の濫用や悪用は、「パワハラ」として認定される可能性があり、訴訟を起こされるケースもあります。
「パワハラ」として認められた場合、使用者(企業側)に課せられる罰則は、「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」です。時季変更権の濫用や悪用のリスクは重いため、なるべく従業員に配慮して時季変更や指定を行いましょう。
就業規則に時季変更権について記載しておく
時季変更権の行使は、労働者とのトラブルが発生するリスクがあります。時季変更権をめぐるトラブルを防止するために就業規則に明記しておくのも重要です。就業規則はその会社で働くためのルールであり、トラブル時にも参照されやすい規則です。
就業規則に記載する場合は、従業員から申請のあった時季に年次有給休暇を取得させることで事業の正常な運営を妨げる場合、取得日を変更することがあるなど、時季変更権を明記しましょう。就業規則に記載し、従業員に対して周知すればトラブルを未然に防げる場合があります。
もちろん時季変更権を明記すればそのまま権利を行使できるわけではありません。時季変更権行使の正当性は、さまざまな要素を考慮して客観的に判断されます。就業規則の記載は、トラブルを防ぐために最低限やってくおくべきことであると理解しておきましょう。
まとめ
今回は、時季変更権と時季指定義務について解説しました。時季変更権は労働者の有給休暇の取得によって、事業の正常な運営を妨げないように使用者に認められた権利です。時季指定義務は、労働者に有給休暇を確実に与えることを目的とした使用者の義務です。
そもそも、有給休暇は労働者の権利です。企業側は使用者として、労働者が有給休暇を取得しやすい環境を整えることが大切であるといえます。
企業側は、労働者とのトラブルを未然に防ぐために、時季変更権についても就業規則に定めておき、日頃から業務内容や人員調整を行い、時季変更権が必要ない状況になるように心がけておくことが大切です。
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