産業医の役割・選任
産業医の選任義務とは?選任しないといけない基準や法律・罰則まで徹底解説
常時使用する労働者が50人以上の事業場は、産業医を選任しなければいけないと法律で定められています。適切に産業医を選任するためには期限や産業医の条件、届出など多くの知識を押さえておかなければいけません。
本記事では、産業医を選任するときに知っておきたい基礎知識を解説します。「自社に産業医が必要かどうかよくわからない」「どのように産業医を選任すればいいかわからない」という方は、参考にしてみてください。
目次
産業医の選任義務とは?
産業医とは、労働者が快適かつ健康的に働けるよう、企業の事業場に勤務する医師のことです。従業員と面談したり職場を巡視したりして、専門的な立場から健康や職場環境の改善に関するアドバイスを行います。
産業医はすべての事業場に必要なわけではありませんが、法律で定められた基準を満たした場合、選任義務が発生します。まずは、産業医の選任義務における基本知識を身につけましょう。
産業医の選任義務が発生する基準
産業医の選任義務が発生する基準は、「事業場に常時50人以上の労働者がいるかどうか」です。社員だけではなく、アルバイトや派遣社員等を含め、常勤する従業員が50人以上の事業場は、産業医を必ず選任しなければいけません。
注意が必要なのは、「事業場」の定義です。たとえば同じ企業の営業所であっても、事業形態が異なったり住所が異なったりすれば、別の事業場としてカウントされます。反対に、本社の近くにごく小さな営業所がある場合や、在宅勤務の場合はひとつの事業場としてカウントされます。
なかには、自社の事業場が産業医選任の基準を満たしているかどうか、判断しにくい企業もあることでしょう。その場合は、所轄の労働監督基準所に判断を仰いで、産業医が必要かどうかを判断してもらうことが大切です。
産業医の選任について定めた法律
産業医選任について定めた法律は、以下の2つです。
- 労働安全衛生法
- 労働安全衛生法施行令
労働安全衛生法 第13条では、「事業者は法令で定める規模の事業場ごとに産業医を選任し、健康管理や必要な勧告を行わせなければならない」と定めています。また、労働安全衛生法施行令 第5条では、「産業医の選任義務が発生するのは、常時50人以上の労働者を使用する事業場」と定めています。
産業医の選任漏れは法律違反となり、罰則を課される可能性がある点に注意が必要です。
“出典:e-GOV法令検索「労働安全衛生法」「労働安全衛生法施行令」”
産業医を選任する期限
産業医の選任には、期限があることを押さえておきましょう。労働安全衛生規則 第13条では、「産業医は選任事由が発生した日から14日以内に行うこと」と定めています。
さらに、事業者は産業医を選任するだけではなく、選任した旨を届け出る必要があります。従業員が50人以上になってから産業医を探しても間に合わない可能性があるため、早めに準備を進めることが大切です。
50人未満の事業場でも産業医を選任することがおすすめ
たとえ50人未満の事業場であっても、産業医を選任しておくことをおすすめします。なぜなら、安全配慮義務は企業の責任であるためです。
産業医の選任が法律で義務付けられているのは、常時50人以上の事業場です。そのため、50人未満の事業場には法律上の産業医選任義務はありません。
しかし、従業員の心身の不調や労働環境の悪化は、労災リスクを高める大きな要因となります。万が一、職場が原因で従業員が何らかの疾病に罹患したり、事故が起きたりすれば、企業は責任を負わなければいけません。このようなリスクを低減させるためにも、産業医の力添えは欠かせないのです。
産業医を選任して職場環境を整えると、企業のイメージアップにもつながります。従業員の生産性向上や離職率の低下、求人応募の増加など、多くのメリットが得られるでしょう。
どんな人を産業医として選任すればいい?
産業医は医師ですが、一般的な医療機関に勤務する臨床医を自社の産業医にすることはできません。産業医になるには、厳しい要件があるためです。ここでは、産業医として選任できる医師の要件を解説します。
産業医として選任できる医師の要件
産業医として選任できる医師の要件は、以下のとおりです。
- 厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者
- 産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者
- 労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者
- 大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者
- 前各号に掲げる者のほか、厚生労働大臣が定める者
産業医には、企業の規模や業態に応じた専門的な知識が求められます。たとえば、工場がメインの事業場とオフィスワークがメインの事業場では、考えられる健康上のリスクや必要な対応は異なるでしょう。
また、より企業へ貢献できる産業医になるため、労働衛生コンサルタントなどの専門資格を取得する人もいます。レベルの高い人材をお探しの企業は、こういった資格を取得している産業医を選ぶといいでしょう。
産業医を選任するときは、要件を満たしつつ、自社の業務内容や専門分野に理解が深い人材を探すことが大切です。
専属産業医の選任義務に注意
産業医には、日常診療のかたわら産業医の仕事を非常勤で行う「嘱託」と、事業場に常勤する「専業」の種類があります。取り扱う業務や事業場の種類によって、必要な産業医の人数と種類は異なるため注意が必要です。
専属産業医が必要になる事業場の条件は、以下のとおりです。
- 有害業務に従事する500人以上の事業場
- その他1,000人以上の事業場
※3,000人超の場合は、どちらも2人以上の専属産業医が必要
“出典:公益社団法人 東京都医師会「産業医とは」”
上記以外の事業場では、選任する産業医が嘱託であっても問題ありません。
産業医を選任するときの手順
初めて産業医を選任する場合は、取るべき手続きや手順がわかりにくいものです。そこで、ここからは産業医を選任するときの手順を紹介します。
産業医を探す
まずは、産業医を探しましょう。産業医の探し方には、以下のような方法があります。
- 医療機関や検診機関から紹介してもらう
- 地域医師会から紹介してもらう
- 産業医の紹介会社を活用する
産業医は、基本的に医療機関や医師会から紹介してもらうことが一般的です。
ただし、紹介の場合は自社で直接産業医と交渉しなければいけない点、依頼しても引き受けてもらえない可能性がある点に気をつけなければいけません。依頼する業務や契約、報酬についても自社で決定しなければいけないため、ノウハウがない企業は戸惑うことが多いでしょう。
「初めての産業医選任」「できるだけ手間を減らしたい」という場合は、必要な手続きや業務を一任できる紹介会社の活用がおすすめです。産業医の契約までのプロセスはもちろんのこと、選任後の運用負担も大幅に軽減できます。
選任した産業医に依頼する業務を決める
選任する産業医の目処が立ったら、依頼したい業務を決めましょう。産業医に依頼する業務としては、以下のようなことが挙げられます。
<産業医に義務付けられている業務>
- 職場巡視
- 衛生委員会のメンバーになる
<産業医に依頼することが好ましい業務>
- 健康診断結果のチェック
- ストレスチェックの実施やチェック
- 産業医面談
- 健康相談
- 求職・復職面談
なお、長時間労働者が産業医面談を受けるイメージは強いかもしれませんが、必ずしも産業医が面談を行わなければいけないと決まっているわけではありません。面談は、医師であれば実施することができます。
しかし、普段から職場巡視を行っている企業理解の深い産業医のほうが、面談の担当者としては望ましいと考えられています。
選任した産業医と契約書を締結する
依頼したい産業医と依頼したい業務内容が決まったら、契約書を作成します。産業医と交わす契約書には、以下の内容を記載しましょう。
業務内容 | 産業医面談、ストレスチェックの実施 など |
報酬面 | 報酬額、訪問回数、報酬の支払日 など |
データの取り扱い | 個人情報の管理 など |
契約期間 | 自動更新の1年契約、5年の有期雇用 など |
なお、日本医師会の「産業医契約書の手引き」では、契約書のフォーマットが公開されています。何を定めたらいいかわからないときは、既存のフォーマットを活用してもいいでしょう。
契約書の作成に関してはこちらの記事で詳しく解説しています。あわせて目を通しておきましょう。
「産業医との契約に必要なこととは?契約書作成のポイントやフォーマット・注意点について解説」
“出典:日本医師会「産業医契約書の手引き」”
期限までに労働基準監督署へ届け出る
事業主は、従業員が50人以上になったタイミングから14日以内に産業医を選任し、所轄の労働基準監督署へ届け出なければいけません。なお、既存の産業医を交代するときも、同様に届出が必要です。
産業医は選任して終わりではないため、届出を忘れないように十分気をつけてください。
産業医選任届とは?
産業医を選任したときは、産業医選任届(正式名称:安全管理者・衛生管理者・産業医等の選任報告)を作成し、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。ここでは、産業医選任届に記載する内容や添付書類について解説します。
産業医選任届に記載する内容
産業医選任届には、以下のような内容を記載します。
- 事業所情報:労働保険番号、事業所名称、事業の種類、所在地 など
- 産業医情報:氏名、選任年月日、生年月日、選任種別
- 専属の別:専属産業医は「1専属」、嘱託産業医は「2非専属」
- 専任の別:産業医のみは「1専任」、兼務は「2兼職」
- 種別:産業医資格の取得方法
- 医籍番号:医師免許に記載あり
- 前任者情報:前任の産業医がいる場合、前任者の氏名、解任日
- 署名:所轄の労基署、提出日、会社担当者氏名
産業医選任届の書式は、厚生労働省のホームページよりダウンロードが可能です。産業医選任届を紙で提出する場合は、提出用と控え用に2部作成しましょう。
また、e-GOV電子申請では、産業医の選任報告をオンライン上で行うことも可能です。何らかの事情で提出や申請が大幅に遅れる場合は、必ず労働基準監督署へ申し出てください。
記入漏れやミスがあるときは、再提出を求められる可能性があります。以下の記事で詳しい記載例を解説しているので、あわせてご覧ください。
「産業医を選んだら報告は義務!「産業医選任届」の記入例をご紹介」
“出典:厚生労働省「総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医選任報告」”
“参考:e-GOV電子申請“
産業医選任届の添付書類
産業医選任届を提出するときは、以下の書類を添付しましょう。
- 医師免許の写し
- 産業医であることを証明する書面
産業医選任届と添付書類は、担当する労働基準監督署によって異なる場合があります。初めて届け出るときは、事前に労働基準監督署に確認を取っておくと安心でしょう。
産業医を選任しなかったときの罰則
14日間の期間内に産業医を選任しなかった事業者は、労働安全衛生規則 第120条により50万円以下の罰金に処されます。産業医は、社員よりもアルバイトや派遣社員が多い事業場であっても、人数の要件を満たしていれば選任が必要です。必ず義務を果たしましょう。
なお、産業医業務の実績がないにもかかわらず名前だけ貸す「名義貸し産業医」は違法です。名義貸し産業医が判明した場合も、50万円以下の罰金が科されることを理解しておきましょう。
産業医に関する罰則規定は、こちらの記事で紹介しています。しっかりと目を通しておきましょう。
「産業医に関する罰則規定とは?職場巡視の必要性や頻度などについても解説」
オンライン産業医を選任することもおすすめ
産業医が行う面談は対面で行うことが原則でしたが、令和3年の通達により、オンラインにおける産業医面談が可能となりました。オンライン産業医面談には、「感染症対策ができる」「リモート社員にも対応できる」など、多くのメリットがあります。
ただし、オンライン産業医を選任する場合は、以下のように一定の要件を満たしている必要があります。
・情報通信機器を用いた面接指導の実施方法等について
- 情報通信機器を用いた面接指導の実施方法について、衛生委員会等で調査審議を行った上で、事前に労働者に周知していること
- 情報通信機器を用いて実施する場合は、面接指導の内容が第三者に知られることがないような環境を整備するなど、労働者のプライバシーに配慮していること
・使用する情報通信機器について
- 面接指導を行う医師と労働者とが相互に表情、顔色、声、しぐさ等を確認できるものであって、映像と音声の送受信が常時安定しかつ円滑であること
- 情報セキュリティ(外部への情報漏洩の防止や外部からの不正アクセスの防止)が確保されること
- 労働者が面接指導を受ける際の情報通信機器の操作が、複雑、難解なものでなく、容易に利用できること
・情報通信機器を用いた面接指導の実施に係る留意事項
- 面接指導を実施する医師が、対象労働者が所属する事業場の産業医である場合
- 面接指導を実施する医師が、契約(雇用契約を含む)により、少なくとも過去1年以上の期間にわたって、対象労働者が所属する事業場の労働者の日常的な健康管理に関する業務を担当している場合
- 面接指導を実施する医師が、過去1年以内に、対象労働者が所属する事業場を巡視したことがある場合
- 面接指導を実施する医師が、過去1年以内に、当該労働者に指導等を実施したことがある場合
“出典:厚生労働省「情報通信機器を用いた労働安全衛生法」”
オンライン面談が可能かどうかは、依頼する産業医によって異なります。また、オンライン面談を実施するためには、担当産業医が1年以上にわたり従業員の健康管理に携わっている必要があります。
オンライン面談が可能な産業医が見つからない場合は、オンライン指導に対応している産業医紹介サービスを活用してみてもいいでしょう。
まとめ
産業医を選任するときは、関連する法律や選任期限、産業医の条件、罰則など多くのポイントを押さえておく必要があります。
産業医の選任が必要になる基準や選任の流れ、届出についてしっかりと理解して、適切に制度を運用しましょう。
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